タイで相撲の普及に携わって20年の倉沢さん
海外では珍しい相撲の土俵が、ここバンコクにある。スクムビット・ソイ71の住宅街の一角、「泰国相撲連盟」の看板が掲げられた相撲道場がたたずむ。ここは長年、タイでの相撲普及に尽力し、2009年には外務大臣に表彰された倉沢澄夫さん(69)が造り上げた念願の道場。倉沢さんは在タイ日本人におなじみの東京堂書店の社長でもある。
静岡市出身。子供時代、砂浜で相撲遊びをするのが当たり前で、相撲はごく身近なスポーツだった。中学、高校と柔道部に所属。特に高校時代は来る日も来る日も稽古に明け暮れ、3年間一日も休むことなくやり続けた。「厳しい稽古を堪えてやり抜いた」という自信が、後の人生の糧になっているという。
相撲との再会は1993年、バンコクでだった。海外で相撲の普及活動に取り組む学生時代の相撲仲間に請われ、タイの子供たちに相撲の指導を開始。日本相撲連盟はオリンピック種目に相撲を採用してもらう狙いがあった。タイの子供たちに相撲の本当の面白さを知ってほしい。そして、厳しい稽古を通じて体を鍛えるだけでなく、忍耐力や挑戦する気持ちも培ってほしい。その一心で相撲の指導を続けてきた。
タイの子供の中には、格闘技がもともと好きで相撲を始めてみたものの、途中でやめてしまう子も多い。また、「体の大きな力士が相撲をする」というイメージも強く、華奢な体格が多いタイ人には敬遠されることもある。だが、倉沢さんは言う。「テクニックを覚えると、体が小さい人でも大きい人に勝つことができる。それにはある程度稽古を続けることが必要」。
倉沢さんの指導のかいあって、2002年のアジア相撲選手権大会では、男子軽量級、女子軽量級ともに、教え子のタイ人選手がダブル優勝する快挙を成し遂げた。さらに翌年の世界相撲選手権大会ではタイ人のチャカポン選手が準優勝までのぼりつめた。チャカポン選手も体は大きくないけれど、筋肉質で運動神経のいい選手だった。倉沢さんの協力で、2009年にはタイで2つ目の土俵がロッブリーに誕生し、現在、チャカポン選手がそこで指導にあたっている。倉沢さんは、土俵が完成した時、「タイの相撲もやっとここまで来たか」と感慨を得たという。
泰国相撲連盟の会長と監督を兼任する倉沢さんは「徐々に体が思うように動かなくなってきた。将来的には彼(チャカポン選手)に会長職を引き継ぎたい。タイ人のための相撲なので、タイ人指導者の後継者が重要」と語る。ただ、相撲事業にはタイ政府からの補助が出ていないため、選手の海外遠征費や稽古に通う交通費などをすべて手弁当でまかなっているのが現状。その点が心配でもある。
在タイ30年余りになる倉沢さんは「タイに来て今までやってこれたのは、この国の人たちのおかげ。恩返しがしたい」という思いが奥底にある。「選手を強くすることも大事だが、相撲を好きな子供が育ってほしい」。それが倉沢さんの願いだ。
なお、今年2月17、18の両日、セントラル・ワールド前の広場で大相撲の海外巡業が予定されている。東南アジアでの大相撲の巡業は今回が初めてという。前頭の栃煌山、栃ノ心、十両の栃乃洋、木村山など春日野部屋の力士を中心に約10人が来泰し、本場日本の迫力を披露する予定。巡業の開催にあたり、倉沢さんも土俵造りのボランティアをする。。
2012年1月5日 タイ自由ランド掲載
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